弱さを誇る
弁護士 佐々木 満男
■本稿は恵みの雨"連載記事「あらゆる問題は解決できる」の2000年12月号の原稿です。
1.ありのままで
クリスチャンになって本当に良かったと思うことの一つは、自分のありのままで生きられることです。自然体でいられることです。キリストを信じる前は、この世で生きるためには強い者にならなければならないと思っていました。「弱肉強食の世界」と言いますが、ダーウィンの進化論によって自然淘汰が科学的真理とされ、生存競争の論理でしか生きるしかないと思わされていたのです。
すると、無理をして強くなろう、強く見せようとして虚勢を張ることになります。しかし虚勢を張りつづけることは非常に疲れることですから、いつかは崩れてしまいます。緊張の連続で、心に平安もなければ、愛も喜びも湧いてきません。
裁判でも、どうしても相手に勝とうとして、虚勢の張り合いになりがちです。「アメリカの裁判は、提出書類の重量と弁護士の声量できまる」などと言われることがありますが、ここにも弱肉強食の論理がまかり通っているようです。日本も今や、弁護士、検事、裁判官をどんどん増やす方向に動いていますから、いずれアメリカ型の訴訟社会になって行くことでしょう。
しかし、社会がどう変わっても、キリストを信じる者はありのままで生きることができます。無理をして虚勢を張り、強く見せる必要はないのです。自分で強がらなくても、私を強くしてくださる方がおられるからです。
2.ジョニーさん
先日、来日中の画家でゴスペルシンガーのジョニー・エレクソン・タダさんのスピーチを聞きました。彼女は十七才の時、ダイビング中に首を骨折して、四肢麻痺になり、医師から一生治らないと宣告されました。しかし、ベッドに固定されて天井を見つづけているという絶望のどん底で、キリストに希望と喜びを見いだしたのです。口に筆をくわえて絵を描く画家として有名になり、今では、車いすで世界中を回って、キリストの福音を伝えています。
「ジョニーさんはとても強い人ですね」と多くの方から言われるそうです。これに対して、「私は弱い人です。弱いからキリストに頼ります。キリストに頼るから私は強いのです」と答えているそうです。
もう三十年以上もつづいている車いすの生活。入浴や着替えなどの一切を人に頼る生活の中で、彼女は毎日、自分の弱さを覚えています。しかし、そのたびにキリストに助けを求め、生きる希望と勇気を与えられているのです。ジョニーさんのキリストにある強い生きざまが、多くの人々を励ましています。
「自分の弱さを誇れる私は、とても幸せです。反対に、自分の強さを誇って、キリストに頼らない人は、とても不幸だと思います」と、彼女は語ります。彼女の体は車いすに固定されていても、心は喜びに満たされ、世界へと自由にはばたいています。やがて天国へ行った時には、完全に自由な体になるのだという希望に燃えています。彼女が言ったように、体が自由でも、ささいな問題によって心を縛りつけられているなら、それはとても不幸なことです。自分の強がりを捨てて、いつもキリストに助けを求めましょう。
3.理想に向かって
「ありのままでいい」ということは、状況にそのまま流されてしまうことではありません。「自分は弱い者なんだ。だから、弱々しく生きればいいんだ」ということではありません。
アメリカの政治家フランクリン・ルーズベルトは、三十九歳の時に、突然小児麻痺にかかり、足から背中にかけて激しくしびれ、ベッドで寝たきりの生活が数ヶ月もつづきました。その結果、足が不自由になり、政界から引退せざるを得なくなりました。
一生つえに頼らなければ歩けないという弱さに甘んじて、政治の道をあきらめることもできたと思います。しかし、彼は、「政治家として社会正義を実現するのだ」という強い使命感を持ちつづけ、七年後政界に復帰し、ニューヨーク州知事になりました。後に、大統領になりましたが、大恐慌の嵐が吹き荒れるなか、国家を経済に介入させ、世界的経済危機を救済するというニューディール政策を打ち出したのをはじめ、第二次世界大戦では、ファシズム勢力から世界を守り、米国史上もっとも偉大な大統領の一人と言われています。
神は、神の子どもたちに強くあって欲しいと願っておられます。あらゆる状況においてそれぞれの個性と賜物を十分に発揮し、力強く生きて欲しいと願っています。「世の光」として輝き、「地の塩」の役目を果たして欲しいと思っておられるのです。
私たちが強くあるべきなのは、必ずしもこの世の「生存競争」に勝ち抜くためではありません。裁判で勝ちつづけるためでもありません。また、オリンピックで金メダルをとるためでもありません。むしろ、この世の競争や勝ち負けを超越して、自由に喜んで神から与えられた使命に生きるためです。ジョニーさんやルーズベルト大統領のように、さまざまな試練に強く耐え抜いて、神の栄光を現すためです。
私たちは皆、神の願いを自分の願いとして生きるべきです。ところが、神の理想はあまりにも高くて、人間の力では決して到達することができません。理想に向かって進めば進むほど、ますます自分の弱さを自覚せざるを得ないのです。でも、自分の弱さを自覚する時こそ、全能の神に頼るチャンスです。神の力は、私たちの弱いところに完全に現れるからです。ですから、自分の弱さを誇りましょう。それはキリストの強さを誇るためです。
ところが、主が言われた。『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる』。それだから、キリストの力がわたし宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである(Uコリント十二章九、十節)
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